神戸地方裁判所 昭和40年(行ウ)40号 判決 1966年4月14日
原告 朝日殖産株式会社
被告 神戸市長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告代理人の求める判決
「被告が昭和四〇年八月四日訴外岡本惣太郎、同禹点分に対し別紙目録(一)(二)記載の家屋を同目録記載の仮換地へ移転すべき旨通知した移転通知は之を取消す」
原告の請求原因と被告の主張に対する反論
一、被告は神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区劃整理事業施行のため昭和四〇年八月四日、神都々一第八六九号、同八七一号を以て訴外岡本惣太郎、同禹点分に対し原告所有地たる生田区加納町五丁目一二番の一宅地一三三坪四合七勺の仮換地たる三宮元町街区番号一番、符号五号地積一〇〇坪一合一勺の地上に内容別紙のごとき移転命令の通知書を発した。
二、然しながら、原告は右訴外人に家屋の敷地を賃貸したことがないのみならず、土地区劃整理法(以下法という)に基き、従前の土地上に存する建物を仮換地に移転を命ずるには次の三条件を要する。
(1) 従前の土地上に所有権以外の権利を有する者が法八五条の規定により土地所有者と連署を以て建設省令の定めるところにより、書面を以てその権利の種類、内容を施行者に申告すること。
(2) 施行者が従前の地上に所有権以外の権利を有する者に対し法九八条一項により仮換地につき仮にその権利の目的となるべき宅地又はその部分を指定すること。
(3) 法九九条により右の(2)の指定を受けた者が従前の土地につき権原に基きこれを使用収益できるものであること、この権原の認定は法八五条の申告によつて認定するより外ないのであり、又民法一八八条の推定はない。
然るに本件土地については従前の土地についての借地権の申告がなく、又施行者は仮に権利の目的となるべき宅地又はその部分を指定していないから仮換地への移転通知は違法である。
三、法七七条には「施行者は―――建築物を移転し、又は除却することが必要になつたときは、これらの建築物等を移転し又は除却することができる」とあり従前の土地上の建築物所有者が敷地につき前記の条件を具備している場合には建物の移転を命じ、然らざる者には除却を命ずべきであり本件建物は仮換地の使用権限のない者の建物であるから除却を命ずべきなのに移転を命じているのは違法であるからその取消を求める。
四、被告は土地使用権について土地所有者と建物所有者間に紛争がある場合施行者としては一先づ建物を仮換地に移して司法的解決を待つべきものというているが、司法的解決が出来なければ建物を従前の土地にそのまま存置しておくというのなら話は分るが建物を移転してから待つというのは根拠のない主張である。法は仮換地の使用につき九八条九九条を設けておりこれ以外にはできないのであつて司法的解決を待つため仮換地を使用するが如き規定はなく、かくのごときは正当な仮換地使用権者の権利の侵害である。
五、仮換地への建築物移転処分が仮換地上に新たに権利を創設するものではなく又除却処分が現に存する権利を消滅させるものでもないから仮換地上に不法に建築物の移転があれば正当な使用権者はこれを排除できるとともに従前の地上に建築物を違法に除却し、借地権を侵害するときは借地権者は賃貸人に借地契約の強制履行又は履行に代る損害賠償、建物毀棄による損害賠償を求める等法律上の救済手段は幾らでもあるのであるから移転も除却も同等の地位に於て考慮すべく除却処分を特に重大視すべきではない。不法移転によつて生ずる損害と不法除却によつて生ずる損害と何れが大きいかについても前者が後者より大きい場合も多々ある。その理由は近時都会地の地価が上つたため地主は一〇階一二階という高層建築を作りこのためには宏大な敷地を要し、多くの費用と時間をかけて準備しているのにその一部敷地上に仮換地に対する使用権のない者の倭小なバラツク建築物が移築されては、高層建築の計画に頓挫を来し、その排除に多くの時間と金員を要し、それ以外の敷地の利用もできないのである。よつて建物の除却に同情的になることなく厳正な法規の適用を希望してやまない。
被告の求める判決
主文同旨
被告の答弁と主張
一、請求原因の第一項は認める、同第二項の中の訴外岡本惣太郎、禹点分が従前の宅地につき法八五条による権利の申告をしていないこと、被告が同人らに仮換地、又はその部分につき権利指定をしていないことは認めるが他は凡て争う。
二(1) 法八五条一項五項は借地権者その他の所有権以外の未登記権利者の保護を図りながら土地区劃整理事業の迅速、画一的な施行を可能ならしめるため、施行地区内の宅地にこれらの権利を有する者は、土地所有者と連署し、又は当該権利を証する書類を添えて単独で、その権利の種類と内容を施行者(個人施行者以外の施行者)に申告すべきことを定め、施行者は原則として、申告がない限り、その権利が存在しないものとみなして、必要な処分又は決定ができるとしている。
しかし、施行者の私法関係への不必要な介入等を避けるため、建築物等の移転又は除却など法三章一節、七節の規定の適用については特に無申告の権利を否定しないことにしている。従つて施行者は本件各建築物等の所有者のように借地権の登記も申告もしていない者には、法九八条一項後段による権利指定の必要なきは勿論なるも、だからといつて借地権の登記申告、権利指定がないというだけの理由でそれらの者が所有する建築物等を直ちに除却することは許されず、移転か除却かは別の見地から決定せねばならない。
(2) 法七七条一項は、施行者は(1)仮換地の指定もしくは権利の指定をした場合、(2)従前の宅地の使用収益を停止させた場合(3)公共施設の変更、廃止工事を施行する場合に、従前の宅地又は公共施設の用に供する土地に存する建築物等を移転又は除却することができると規定しているが、これは施行地区内の土地には(I)宅地(II)公共施設の用に供されている国又は地方公共団体の所有地があり、(I)宅地については(イ)(仮)換地を定める場合と(ロ)(仮)換地を定めない場合とがあることに対応して定められたものである。即ち右(1)は(I)(イ)の場合に、同(2)は(I)(ロ)の場合に、従前の宅地に存する建築物等を、又同(3)は(II)の土地に存する建築物等を、それぞれ移転又は除却できるとした規定である。そして右(1)には、仮換地の指定と権利の指定とが併記せられているけれども、従前の宅地について地上権その他の使用収益権を有する者がある場合にも、必ずしも、移転通知よりも前に権利の指定がなされている必要はないものと解する。それは同項の文理(若しくはという)からも明らかであるが、前述の権利の指定と建築物の移転又は除却との関係及び建築物等の移転又は除却が、もともと法九九条一項の仮換地の指定の効果ことに同項後段の効果(従前の宅地の使用収益権の停止、この効果は地上権その他の使用収益権についても権利の指定を俟つまでもなく、仮換地の指定によつて生ずる)に基くものであることからいつても当然のことである。そこで被告の発した本件各移転通知は右(1)の規定に基き、従前の宅地について昭和三九年二月八日付神都都一生第四、七三〇号の仮換地指定通知書によつて仮換地の指定がなされたことを理由に各建築物の移転を命じたものである。
(3) 施行者に、建築物等の移転又は除却をする権限が与えられているのは、従前の宅地が他の者の仮換地に指定せられたり、公共施設の用地にあてられた場合に、被指定者の仮換地の使用収益又は公共施設の変更等の工事を可能にするための事業施行上の必要に基くもので目的物件の所有者の責に帰し得ない事由に基くもの(本件の従前地は税関線の拡巾予定地である)であるから施行者は建築物所有者の利益を出来るだけ尊重し、移転か除却かの決定にも、原則として物件所有者に与える損害の比較的少い移転の方を選ぶのは当然であつて、補償があるからといつて濫りに除却すべきものではない。即ち関係権利者の同意があるか、宅地々積の適正化の場合に地積が過小で仮換地を定めなかつたとか、減歩により従前の宅地上の建築物が仮換地に入らなかつたとかの理由でその移転が法律上又は物理的に不可能な場合にのみ除却し得るものと解され、本件のごとく従前の宅地の使用収益権について紛争がある場合には、施行者が司法上の解決に先立ちその当否を判断することは許されないので施行者としては一先づその建物を仮換地に移転して司法上の解決を待つべきものである。この解釈は昭和四〇年三月一〇日の最高裁判例の趣旨に反せず、当事者間の公平(建物が移転せられても、土地所有者は訴訟の遂行強制執行に支障を来さないのに反し、建物が一旦除却されると建物の所有者は回復困難な損害を蒙る虞がある)に適い、使用収益関係の従前地から仮換地への移行という仮換地指定処分の効果(法九九条)、及び施行規程に特段の定がない限り建築物の所有者に換地処分の終了に至る迄いつでも借地権の申告を許している法八五条四項の趣旨にも合致するものと考える。蓋し同判決の「仮換地の指定により従前の土地上の賃借人所有の建物がそのまゝ仮換地上に存することとなつた場合であつても」との表現、そこの補足意見、その先例たる昭和三三年七月三日の最高裁判例(民集一二巻一、六六一頁が、何れも権利の指定がなされていないことが原審で確定されているに拘らず、破棄自判せず差戻していることに照すと最高裁は紛争がある場合には一先づ物件を仮換地に移した上土地所有者勝訴の場合は建物の収去を、建物所有者勝訴の場合は権利の指定を行うことを予定していると考えられるからである。
(4) 尚従前の宅地の一部に建築物等があり、その敷地借地権について登記申告がないため、権利の指定が行はれていない場合には、施行者は建築物等の移転通知にその移転先を具体的に明示することはできないので、同通知書には、一先づ仮換地を明示して、具体的な移転先は施行者と協議するよう指示するなど(被告はそのような方法を採つている)、できるだけの特定方法を請求すれば足りると解する。さもなくんばそれは施行者に不可能を強いるばかりでなく、建物所有者は移転通知があつたからといつて必ずしも仮換地には移転せねばならぬわけでなく、建物を除却したり、仮換地以外の土地に移転することもできるし、土地所有者と協議して移転先をきめることもできるし、三ケ月の猶予期間中に、借地権の登記申告をして権利の指定を受けることもでき、又申告の要件が整つていなくても、将来、賃借権確認の判決等により権利の指定が受けられる場合に備え仮換地のどの部分が従前の借地部分に相応するかについて予め、施行者の技術的な意見をきいて、移転先を決定することもできるのであるから移転先をきめる方法が全然ないわけではない。からである。
(証拠省略)
理由
一、被告が神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区劃整理事業施行のため昭和四〇年八月四日訴外岡本惣太郎、同禹点分に対し原告の所有地たる生田区加納町五丁目一二番の一、宅地一三三坪四合七勺の仮換地たる三宮元町街区番号一番符号五号地積一〇〇坪一合一勺地上に収容別紙のごとき建物移転の通知を発したこと、右両訴外人が従前の宅地区劃整理法八五条による権利の申告をしていないこと、被告が同人らに右の仮換地上又はその一部分につき権利指定をしていないことは当事者間に争がない。そこで争について判断を進める。
二(1) 確かに原告主張のごとく従前の土地上に所有権以外の権利を有する者は法八五条により土地所有者と連署して権利申告するか権利を証する書面により権利申告をなし、施行者が仮換地上にその使用部分を指定してはじめて仮換地を現実に使用し得ることが常態であり、原告援用の昭和四〇年三月一〇日の最高裁判決もこの権利申告をしない賃借人等には使用収益部分の指定もないから仮換地を使用収益することは許されないというているのであるから、かかる権利申告をしていない者に対し施行者たる被告が区劃整理の施行に当り今更、従前の地上にあつた建物の移転通知を行うのは筋が通らず、除却を行うべきであるという原告の主張は多分に傾聴すべき意見たるを失はないが一方行政官庁たる被告としては建物所有者が適法な権利申告をなさないといつても地主と土地使用者との間には複雑な事情も多々あり、また土地使用者が権利を証する書類を提出できないが、後に判決等により証明書類を具備し得るような場合もあるから、従前の土地上に建物を有する者の土地使用権限を全く否定することはせず、そのまま建物を仮換地上に移して現状を維持しておいて、建物所有者と地主間の土地使用権限については当事者同士の解決に委ねるとすることも理解できないわけではない。尤もかようにいうても従前の土地所有者が建物所有者に対し建物除去を命ずる確定判決やその他債務名義を有するがごとき場合に於てまで除却とせず、移転とすることは大いに疑問であるが本件に於て原告はかかる明確なものであることの主張をせず建物所有者の土地使用の権限は法八五条の申告の有無によつてのみ認定すべきものと主張しているのは採用し難いので原告のこの主張は採用できない。けだし、土地区劃整理法七七条によると、施行者は仮換地を指定した場合に必要があるときは、従前の宅地上に存する建築物の移転又は除却を求め得るところ、それは都市計劃の遂行上必要な処分として認められたものであつて、土地の使用権限の有無とは直接の関係がなく、移転又は除却のうち前述の理由によつてなるべく移転の方法をとるのが相当だからである。
(2) 次に原告の被告が仮換地のどの部分が建物の移転先であるかの指定も行はず従つてその場所が特定されずに移転通知を行うのは違法であるとの主張も傾聴すべきものたるを失はないがかようなことも被告が施行者として従前の土地と仮換地との大小の比較、場所等を比較勘案し、妥当と思料される場所への移転をなし得るとの見込のもとに移転通知を出しているものと解され、もしそれが実行できなければ移転の執行ができないというに止まるのであるからこのことを以てしては未だこの移転通知が違法と断じ難いと解されるのでこの主張も採用し難い。
(3) 次に原告の、土地所有者と建物所有者との間に土地の使用権について紛争のある場合は建物をそのまま従前の土地上に存置しておくべきで移転をすべきではないという主張は、もし左様なことをすれば従前の土地所有者と建物所有者間の紛争を施行者たる被告が代つて引受けることとなり、且ついつまでも区劃整理が完遂せられないこととなりかねないので原告のこの主張も採用し難い。
(4) 次に原告の、被告は権利申告のない者には建物の除却を行うべく、それが違法な除却であれば権利者は賃貸人に借地契約の強制履行なり、履行に代る損害賠償を請求する等幾らでも救済手段があり、近時地価の昂騰に伴い地主は仮換地上に多くの費用と時間をかけ高層建築を準備しているのに、その一部敷地上に使用権のないものの倭小なバラツク建築物が移転されてはその排除に多くの時間と経費を要するから移転命令を出すべきでないとの主張について案ずるに原告主張のごとく除却命令を出しても、爾後に救済手段があること、一度建物の移転があると土地所有者にとつて甚だ迷惑な存在になるであろうことは十分想像できるがこれらの事実を以てしても被告は当然除却を行うべきで移転命令を出してはならぬという根拠であるとは解し難いのでこの主張も採用し難い。
三、以上説明したごとく土地所有者としては土地の使用権限について紛争のある建物所有者の建物を従前の土地が区劃整理の施行に伴い仮換地へ移転されたのを機に除却したい気持となることは十分同情し得るところであるが、被告が当事者間の私法上の争には介入せず、区劃整理の施行という純行政的な立場で建物を従前の土地から仮換地上に移転しようとして移転通知を出すことが原告と訴外岡本惣太郎らとの私法上の権限の有無を断定するものとはならない以上この移転通知を以て違法となしその取消をなすべきものとは解されないのである。されば原告の請求はこれを採用し得ないのでこれを棄却することとし、訴訟費用に民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 森本正 菊地博 保沢末良)
(別紙)
目録
一、通知番号 神都都一第八六九号
通知年月日 昭和四〇年八月四日
家屋所有者 神戸市葺合区熊内通二丁目九四
住所・氏名 岡本惣太郎
家屋の表示 神戸市生田区加納町五丁目一二の一
木造浪鉄板ぶき三階建一むね
延三二・六一坪
移転先 三宮元町換地区一街区の五
移転期限 昭和四〇年一一月一〇日
二、通知番号 神都都一第八七一号
通知年月日 昭和四〇年八月四日
家屋所有者 神戸市生田区東川崎町七丁目二三の一八
住所・氏名 禹点分
家屋の表示 神戸市生田区加納町五丁目一二の一
木造浪鉄板ぶき三階建一むね
坪六五・二二坪
移転先 三宮元町換地区一街区の五
移転期限 昭和四〇年一一月一〇日